長野県屋代高等学校同窓会

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魂の故郷
 
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会長あいさつ
12
2020/03/01

宮﨑和順 名誉会長を悼む

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会長 赤地 憲一(高17回)
 宮﨑名誉会長は、高校第3回のご卒業で東京教育大学(筑波大学の前身)を卒業後、県教育界に入られ、高校教育課長等を歴任後、平成3年に教育長に就任。同5年10月に退任されたが、ひき続き2期8年の教育委員のうち7年間を教育委員長として手腕を揮われた。退任後、平成15年から10年間同窓会長としてその発展に貢献された。同14年文部科学大臣表彰、同15年勲四等瑞宝章受章。令和元年8月8日ご逝去、87歳。
 にわかに宮﨑和順先生の訃報に接し、愛惜の情、きわまりないものがございます。八十七歳というご長寿とは申せ、長野県教育界にとって特別な存在の先生でございますので、まだまだご指導をいただけるものと信じておりました。生者必衰とは申せ、人生の無常を嘆かずにはおられません。先生の教えを受けた者が等しく感銘し、敬慕するところは、厳しさの中にも、深くて広い心をお持ちで、温かさの中にも、確固たる教育信念のもと、卓越した者への期待感が込められておられたこと、まさしく、偉大なる教育者でございました。
*
 先生は、昭和32年に東京教育大学理学部数学科をご卒業され教育界に入り、野沢北高校(4年)、静岡県清水東高校(2年)、飯田高校(6年)、松本深志高校(8年)と、20年間数学教師として歩まれました。松本深志高校で先生の教えを受けられた第28代屋代高校長の堀金達郎先生は、「毎時間、先生が出される手作りプリントの莫大な量に圧倒され続けた。」そうでございます。また、ガリ版鉄筆の時代、「お顔に似合わず文字がきれいだった。」(田中正吉・元松本深志高校長)そうで、夏休み中も熱心にご指導をしていただいたと述懐されます。
 こうした教育者宮﨑和順先生に影響を与えた人に、大学時代の恩師で、一昨年(2017年)91歳で亡くなられた、イリノイ大学名誉教授・数学基礎論の竹内外史先生がいらっしゃいます。宮﨑先生が、大学2年生の最初の授業に遅刻をしていったところ、竹内教授は、「Easyのものの中にこそ本質がある」と、遅刻を叱責されましたが、1年後専門ゼミを選択する時になると、竹内先生の方から「私のゼミに来ないか」との温かなお言葉があり、これを契機に、先生は終生師と仰ぎ、研究室では囲碁を教えていただいた逸話は、心に残っておりますところです。
 それまでの20年及ぶに、学校現場でのご活躍から、先生は昭和52年、長野県教育委員会教学指導課の指導主事に抜擢されました。後の平成13年から県教育長を務められた斉藤金司先生は、「教育行政という言葉があるが、宮﨑先生は、それを支える教師としての力が大きく、子供たちを思う根っこのところが大きかった。」と評され、また、平成18年から県教育長を務められた山口利幸先生は、「宮﨑先生は、高校教育課長時代を含めて、生徒指導、学力問題、国旗国歌、生徒の急増期にあたり5校の新設校開設、飯田高校事件等、難題がいくつもあったが、先生の教育哲学は、『自由と平等のバランスを絶妙にとられた教育行政』であった。」と言われたことがあります。例えば、隣接学区から入学を認めることになった「10%条項」は、通学区制という平等性と10%の枠という自由性であり、また高校入試の判定資料として昭和50年代に先生が導入された「相関図方式」も、学力検査の点数という平等性と、受験生をもう一つの物差しで測る自由性であり、数学を教育行政に生かされた、その慧眼にはただ敬服するばかりです。
 一方、各学校の課題について、先生は高校教育課長時代(昭和62年~64年)本県教育の課題を「学校経営の弾力化、個性化」「基礎学力の向上」と捉え、これを具現化する形で、昭和63年に、特色ある学科、学校の新設に取り組まれました。そして、平成3年に教育長に就任されると、翌年には県下初の専門学科として、屋代高校に理数科、飯山南高校に体育科を開設したのでございました。
 屋代高校同窓会においては、宮﨑先生は、平成15年から10年間にわたり、同窓会長として、屋代高校と同窓会のご発展にご貢献されました。この間、文化講演会「屋高フォーラム」の立ち上げは平成16年、シンポジウムの立ち上げは平成19年でしたが、私としては、10年目を迎えた頃から、「そろそろこの辺で・……」と考えることもありましたが、その都度宮﨑先生は、「おい、これはいい企画だ。続けろや」と、激励して下さいました。本年で16回、このように長く続いているのも、また、創立以来課題となっておりました同窓会館建設も、先生の御熱意が実り、一昨年(平成30年)3月に完成式典を行い、記念講演として、先生には「神秘律の証明」という「代数学」にかかわるご講演を賜りました。難解なご講演でしたが、ご満悦な先生の表情に、我々は、多少とも恩返しができましたものと、安堵を覚えたものでございます。
 先生には、宮﨑家の家門の繁栄を目のあたりにされ、先生はこのように数多くの人々の敬慕のうちに天寿を全うされましたことは、人を大切にされた先生らしく、大往生であられました。
 奥様の順子様はじめ、ご親族皆様には、一日も早く先生のご他界の悲しみから癒されますように、今ここに、宮﨑和順先生の御遺徳をしのび、つつしんでご冥福をお祈り申し上げますとともに、御家族、ご親族皆様の今後の益々のご発展を見守っていただきますよう、また屋代高校はじめ、長野県教育全体の発展をお導き下さいますよう、お願いをして、お別れの辞とさせていただきます。どうか安らかにお休みください。
合掌。

11:34
2019/08/01

栄えある母校の躍進を祝す

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教育者としての長谷川五作先生(その九)
会長 赤地憲一(高17回)
 令和の新しい時代を迎え、会員皆様には益々ご清祥の段、心よりお慶びを申し上げます。日頃は母校のために格別なご支援を賜り、心より厚く御礼を申し上げます。暑さ厳しいこの頃、鳩陵会館完成時に植樹した、ヤマボウシやアベリアが、昨年来の厳しい冬を乗り越えて根づき、その木々のつくり出す涼を有難く思う時でございます。
 鳩陵会館の完成を記念してスタートした講座「結婚相談」は、この事業に長い歴史を持つ2つの旧女子校から昨年度、講師を招いて研修をおこない、我が鳩会としての方式「マリーメイト鳩の会」としてとして立ち上げました。第1回目を去る5月6日に開催しましたところ、この「親による代理婚活事業」方式は、予想を超え盛況で、参加者からの評価も高い中でスタートができましたこと、関係者皆様に感謝を申し上げます。
 もう一つの公開講座「法律の無料相談」につきましては、同窓会の柳沢修嗣副会長(平成29年度・県弁護士会会長)に弁護士の選定やその方法等をお願いして、来る9月7日を皮切りに、年度内に3回の開催を予定しております。皆様にもご案内を申し上げます。
 母校の現況で特筆すべきは、今春の大学進学実績です。今年の大学入試センター試験は、1月20日に終了しましたが、その直後から、県内教育関係者の間で話題になったのは、屋代高校生の頑張り、その結果に注目が集まりました。その勢いは、大学入試が終わる3月中旬まで続き、予想された通り、見事な結果となって結実したのでございます。普通科・理数科・一貫生それぞれの生徒達、とりわけ普通科生徒の頑張りが目についたと、高澤校長先生はじめ関係者から承り、三者がお互い切磋琢磨する中で、実力を伸ばして行ってくれたものと存じます。
 一方、卒業生の活躍にも注目すべきものがあります。宮下達朗君(高67回・東京大学法学部4年生)が、東京大学運動会応援部の主将に就任し、神宮球場等で活躍しています。また北海道大学・前田理教授(高校50回)は、化学の分野で世界で初めて「人工力誘起反応法」の開発に成功され、文部科学省の「世界トップレベル研究プログラム(WPI)」に採択されています。会員共々、心より敬意を表したいと存じます。
 教育者としての長谷川五作先生(母校勤務:大正12年(1923年)~昭和30(1955年)について書かせて頂いておりますが、今回は、先生の業績を偲ぶ資料室を設置できたことについてです。千曲市校長会の若林一成・八幡小学校長(高29回)、久保田英雄・五加小学校(高29回)の両氏らが、『信濃教育』(平成3011月号、信濃教育会編)に、長谷川先生について「日本の遺伝学の先駆者」として研究論文を掲載されましたが、この両氏の執筆にあたって、長谷川先生のお孫様の長谷川徹氏(高校38回)がその資料を提供されました。若林、久保田両氏は、執筆終了後に、その資料を同窓会に寄贈されましたので、長谷川徹氏のご了解をいただき、「会議室2」に「長谷川五作先生資料室」として保管することといたしました。
 会員皆様の益々のご活躍、ご健勝をお祈りして、また今後ともご支援のほどを宜しくお願い申し上げ、ご挨拶といたします。



15:20
2019/03/16

「鳩陵会館の完成記念講座」を経て結婚支援事業へ

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教育者としての長谷川五作先生(その八)
会長 赤地憲一(高17回)

 平成も最終年を迎え、会員皆様には、益々ご清祥の段、心よりお慶びを申し上げます。日頃は母校のために格別なご支援を賜り、厚く御礼を申し上げます。
 さて、鳩陵会館落成を記念した公開講座は、平成30年3月の宮崎和順名誉会長による「代数学の初歩―神秘律の証明―」から、同年7月の宮下達朗・中村峻太郎両君による「私の受験勉強」(7月)まで、計8回にわたり予定通り開催することができました。関係皆様のご協力に、心より感謝を申し上げます。
 そのうち「結婚相談の現状と課題」については、旧高女2校との研修会を経て、6カ月に及ぶ協議の末に、本会としての方針を別掲のとおり提案できるところとなりました。これは、結婚相談委員各位のご尽力の賜であり、心より感謝を申し上げますとともに、会員同士の情報交換を基調とした、同窓会が主催するものに特徴づけられる「共通の学校文化の相同性による『親和力』の作用」(註1)によって、当事業が軌道に乗り発展できますよう、皆様のご支援のほど、宜しくお願い申し上げます。
 教育者としての長谷川五作先生(母校勤務:大正12年・1923年~昭和30年・1955年)について書かせて頂いておりますが、今回は、この度千曲市校長会(代表:若林一成八幡小学校長=高校29回、久保田英雄五加小学校長=高校29回)が長谷川先生について「日本の遺伝学の先駆者」として『信濃教育』に研究論文を掲載されていることについてです(註2)。36頁に及ぶこの論文には、お孫様であられる長谷川徹氏(高校38回)のご協力により得られた、先生の日記等の調査結果が含まれ、太平洋戦時下における教育者としての長谷川先生の姿を伺い知ることができます。
 昭和20年3月~8月戦争末期、敵機の襲来による警戒警報が50回を数えたとありますが、その中、2月の日記には「中学校用の教科書にトウモロコシの雑種において、粒の色が黄色が優性、紫色が劣性となり居る。この二点の誤りなるを知り、不愉快に堪えず」と、このような厳しい戦時下でも教育者として、遺伝学者として、生徒の教材の不備には堪えられない長谷川先生のお気持ちを知ることができました。
 平成に続く新たな年号のもと、会員皆様の益々のご活躍、ご健勝をお祈りして、また、今後とも母校へのご支援を宜しくお願い申し上げ、ご挨拶といたします。
(註1)黄順姫「同窓生ネットワークの機能」『同窓会の社会学』(2007年世界思想社)
(註2)若林・久保田氏ほか「日本の遺伝学の先駆者長谷川五作先生」(『信濃教育』平成30年11月号)

18:25
2018/08/01

会館並びに多目的運動広場の落成に感謝を申し上げます

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教育者としての長谷川五作先生(その七)「お孫様に出会う」 
会長 赤地 憲一 (高 17回) 

 残暑の厳しい折、会員皆様には、まずはご自愛のほど心よりお祈り申し上げます。日頃は母校のために格別なご支援を賜り、厚く御礼を申し上げます。 
 さて、この度同窓会館「鳩陵会館」が竣工成り、3年前に完成していた多目的運動広場と併せて、去る3月18日に落成式典を挙行することができました。地権者である神尾房子様の長きにわたり格別なご理解と、宮崎和順名誉会長をはじめ、25,000の会員皆様、そして、建設費用のために奔走いただいた支部長・理事の皆様をはじめ役員諸氏、とりわけ、終始誠意をもって技術の粋を駆使され、無事に安全に竣工いただきました(株)春原木材様に改めて心より厚く感謝を申し上げます。 
 この上は、その建設理念である「同窓生の親睦の場として、また母校に学ぶ生徒達の補習やクラブ活動の場として、また、地域に開かれた諸事業の場として、以て母校の一層の発展に寄与する」に歩を踏み出すことができますことは、全ての会員皆様とともに、大きな喜びとするところでございます。 
◆ 
 「教育者としての長谷川五作先生」(母校勤務:大正 12年・1923年~昭和30年・1955年)について書かせて頂いておりますが、今回は名誉会員・瀬在幸安博士(高校1回・第 10代日大総長・心臓外科学)の恩師に対する篤い思いです。1900年は、メンデルの法則の再発見の年で、瀬在先生は、この年にすでに長谷川先生がその論文を読んでおられたことに、かねてから驚嘆され、「何によりそれを知り、どんな風に興味を抱かれたか。」を『週刊新潮』の「尋ね人掲示板」に寄稿されて(平成17年6月9日号)、その情報を世に求められました。しかし、その反響がなかったことに、瀬在先生が少々落胆されていらっしゃいましたことは承っておりました。 
 ところが、13年後のこの3月、「会館落成番組」を制作する過程で、長野朝日放送の宮嵜芳之ディレクターから、長谷川邸を守るお孫様の存在を知らされたことから、私は長谷川邸を訪問させていただく機会に恵まれました。長谷川徹氏(高38回)です。驚いたことは、13年前の瀬在先生の『週刊新潮』を保存されておられ「めったに買わない週刊誌でしたが、東京のE電の中で読んで、偶然「尋ね人掲示板」を読みました。名乗りでるのは恐れ多く、そのままになっていましたが、週刊誌は大切に保存してきました」。偶然にしては、実に不思議なことで、先生の尊い篤き恩師への思いを感じております。 
◆ 
 会員皆様の益々のご活躍、ご健勝をお祈りして、また同窓会館建設のご支援に重ねて御礼を申し上げ、ご挨拶といたします。 


09:35
2018/03/01

同窓会館建設のご協力に、深甚なる感謝を申し上げます

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教育者としての長谷川五作先生(その六)
会長 赤地憲一(高17回)
 会員皆様には、益々ご清祥の段、心よりお慶びを申し上げます。日頃は母校のために格別なご支援を賜り、厚く御礼を申し上げます。
 さて、同窓会館建設につきましては、会員各位の格別なご協力を賜り、去る1月20日竣工し、「鳩陵会館」にて業務を開始しております。落成式典を来る3月18日に予定しております。
 顧みますと、8カ月前の昨年5月15日に、当地権者の神尾房子様の深いご理解を賜り、創立以来の悲願である会館建設場所をこの地に定め、工を起こし、そして今、その竣工をみたのでご
います。建設に当たっては、建設委員会の吉川委員長はじめ相談役、各委員には、県下各地の会館を視察し、その長をとり、短を補い、執務能力の向上を図るとともに、在校生諸君の使用にも留意して、可能な限りの諸設備を整えることにご配慮をいただきました。
 幸いにも、母校愛に篤い篤志家皆様、支部長・理事各位をはじめ、同窓生皆様の格別なご支援を賜り、また、本工事をお請け負いいただいた㈱春原木材・春原明社長様には技術の粋を充分に駆使され、無事に、安全に竣工いただきました。春原木材様は、明るい社風の中にも、誠実で木材に対する深い愛情が込められ、厳しさの中にも、社長様、設計士様はじめ皆様には、我らの願いをお聞きくださる、柔軟なご対応をいただき、感謝に堪えません。
 この上は、輝かしい伝統を有する本同窓会の、同窓会館に課せられた使命を思う時、その責任のいよいよ重く、いよいよ大きくなることを痛感する者であります。会員皆様には、今後ともご指導とご鞭撻をお願い申し上げる次第でございます。
 教育者としての長谷川五作先生(母校勤務:大正12年・1923年~昭和30年・1955年)について書かせて頂いておりますが、昨年末、会館建設の御寄附依頼に、長野市の老人保健施設「コスモス」理事長の清水健先生(高3回・名大医・心臓外科)を訪問させていただきました。高校時代の懐旧談とともに、鮮明によみがえる記憶としてお話し下さったことは、長谷川先生が、もろこしの遺伝子が、コルヒチンという物質によって突然変異をおこすこと、そしてこれを実験で実証して見せたことで「終戦直後の昭和25年、物資の不足している時代にコルヒチンをどうやって入手していたのか、またこの予測をどんな文献で調べていたのか不思議なことで、時々思い浮かべてます。」と述懐された。
 会員皆様の益々のご活躍、ご健勝をお祈りして、また会館建設のご寄附につきましては、ひき続き、もう一歩のご支援を宜しくお願い申しげ、ご挨拶といたします。

11:48
2017/08/01

格別なご協力に心より感謝を申し上げます

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教育者としての長谷川五作先生(その五)
                会長 赤地憲一(高17回)
 残暑の厳しい折、会員皆様には、まずはご自愛のほど心よりお祈り申し上げます。日頃は母校のために格別なご支援を賜り、厚く御礼を申し上げます。
      ◇
 さて、同窓会館建設につきまして、去る5月15日(大安吉日)に起工安全祈願祭をとり行うことができました。同窓生の親睦の場として、また母校に学ぶ生徒達の補習やクラブ活動の場として、また、地域に開かれた諸事業の場として、以て母校の一層の発展に寄与する、この建設理念を礎に第一歩を踏み出すことができましたことは、全ての会員皆様とともに喜びとするところでございます。
 それにいたしましても、会館地権者の神尾房子様には、着工への諸条件が揃うまで、平成16年より12年間にわたり、私たちの我儘をお聞き下さり、大切な土地を保持していただきました。また、㈱春原木材様には、神尾様のご心情と我々の願いをよくご理解いただき、お請けいただけましことに感謝をするとともに、貴社の技術の粋を駆使され、安全に竣工いただきますよう、切にお願いを申し上げます。
     ◇
 「教育者としての長谷川五作先生(母校勤務:大正12年・1923年~昭和30
年・1955年)」について書かせて頂いておりますが、去る6月の塩崎支部総会で「長谷川先生は博物に興味を持たせて下さった第一の方である。詰込みの知識ではなく、事実、実験を重んぜられ、大自然を見つめておられた。授業が面白いから欠席する生徒がいない。」と語ってくれたのは、荒井芳久氏(高4回)です。母校が創立された
大正12年(1923年)、東京府立5中から赴任された先生は、既に国内で知られた遺
伝学者であったようです。メンデルの法則が世に出たのは1900年、日本に初めて『遺伝学教科書』が出版されたのは大正4年(1915年)、そしてこの翌年の大正5年(1916年)には既に信濃教育会『尋常小学校理科学習帳』に「メンデルの法則が紹介されていることはまさに驚嘆に値する」と篠遠喜人博士が書かれていますが(註)、これも長谷川先生が編集委員に迎えられたことによるものです。
     ◇
 会員皆様の益々のご活躍、ご健勝をお祈りして、また会館建設のご寄附につきまして
は、ひき続きご協力を宜しくお願い申し上げ、ご挨拶といたします。
(註)篠遠喜人「遺伝実験と遺伝教育の先駆長谷川五作先生」『長谷川五作先生著作選集』(昭和43年、屋代高校同窓会編)

12:59
2017/03/01

「卒業生のご寄付ほど有難いものはありません」

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(ドラマ「あさが来た」)
 教育者としての長谷川五作先生(その四)
           会長 赤地 憲一(高17回)
 平成29年を迎え、会員皆様にはご清祥のことと、謹んで新しき年のご挨拶を申し上げます。日頃は母校のために格別なご支援を賜り、心より厚く御礼を申し上げます。
 さて、創立以来長年の懸案となっている同窓会館建設及び6年後の「創立100周年記念事業」へのご寄附につきましては、格別なご配慮をいただいておりますことに、まずは心より厚く御礼を申し上げます。昨年4月の募金開始以来、8カ月で6000万円を超えるご浄財を賜りました。全国各地…静岡では居酒屋、新宿では高層ビル42階の社長室、長野市では病院の院長室、等々、また職域関係でも会員皆様には温かくお迎え下さり、母校の懐旧談とともに格別なご芳志を賜りましたことに、心からの感謝を申し上げます。NHKの朝ドラ「あさが来た」のセリフの一節に「西洋の学校は昔から卒業生の寄付で成り立っているのです。」というものがありましたが、こうした恩恵とともに、「郷愁は過去の産物ではなく、現在によって引き出され現在の中で意味を獲得するものである。」(註1)という皆様のご活躍の様子にも敬意を表する次第でございます。
    ◆
 「教育者としての長谷川五作先生(母校勤務:大正12年・1923年~昭和30年・1955年)」について書かせていただいておりますが、今回は、長谷川先生の愛弟子西澤一俊氏(中学第2回・東京教育大学名誉教授・植物学)にご登場いただきます。
(註2)「中学2年の時、長谷川先生から博物を教えて貰ったが、最初この学科は好きではなかった。ところが、長谷川先生のひどく自信に満ちた教え振りに次第に引かれ、とにかく授業がおもしろくてしかたがないところまでになった。」そして5年の時、高等師範学校を受験することに決めたが、何学科を選べばよいか相談に行ったところ「とにかく理科をやるなら生命をもつ生物をやれ」。ところが、その年みごとに落第して傷心していると「師範の2部に入っておいて、来年もう一度受験してみたらどうか」とご指導いただき、「叱られると思っていた私は感涙とともに、大いに発奮したのであった。」と述懐されておられます。
 遺伝学者とともに、生徒への具体的で、適切な、そして温かなご指導には、まさに教育者としての長谷川先生が偲ばれます。
 会員皆様の益々のご健勝と、会館建設のご寄附につきましては、ひき続きご協力を賜りたく宜しくお願い申し上げ、ご挨拶といたします。
(註1)黄順姫「同窓生ネットワークにおける信頼」『同窓会の社会学』( 平成19年)
(註2)屋代高校同窓会編「長谷川先生に想う」『長谷川五作先生著作選集』(昭和43年)

09:50
2016/08/25

更級支部立ち上げに思う―「新しい橋を架ける」ということ

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教育者としての長谷川五作先生(その三)
           会長  赤 地 憲 一(高17回)
 残暑の厳しい折柄、会員皆様には、まずはご自愛のほどを心よりお祈り申し上げます。日頃は母校のために格別なご支援を賜り、心より厚く御礼を申し上げます。とりわけ同窓会館建設事業につきましては、募金のお願い以来、さっそく、温かなご協力をいただいており、心より感謝を申し上げます。会員皆様の母校への想いが、一枚一枚のお振込み用紙から伝わってまいり、身につまされるようないくつかの感動も戴いておりますところです。着工に向けて一層のご支援のほどを宜しくお願い申し上げます。
    ◆
 このたび更級支部が、十数年の空白期を経て、西澤正人支部長様はじめ役員皆様のご尽力により立ち上げられ、去る五月十四日,同総会が盛大に開催されました。開会での中村洋一事務局長のお言葉が心に残ります。「これまで二十数年この地区で共に仕事をしてきた人がおり、彼も私もこの度の支部総会のご縁で、お互いが会員であることが分かるに及んで、抱えていた懸案事項がスムーズに解決に向かった。」これこそ、黄順姫が『同窓会の社会学』の中で引用している「普通であれば、充分ではないごくわずかな刺激にも新しい橋をかけ、心は
それをこえて他者へ接近する」(註)と指摘している「自発的な献身」に違いありません。
    ◆
 このところ「教育者としての長谷川五作先生」について書かせていただいておりますが、海沼寛夫氏(中学20回・西条)からのご書面により、長谷川先生との電車による通学風景が偲ばれました。「松代代官町の先生のお屋敷の前まで行くと、毎朝、数秒の差で先生が門を出てこられ、象山口駅まで、先生の二三歩後を鳩の徽章と共に歩いていくのです。それが我らにはいかに嬉しく、誇らしげであったか、昨日のように思われてなりません。」と述懐されておられます。授業は入学直後から実証実験を通じて進められたと言われます。「メンデル遺伝の法則の実験として、エンドウの別品種の交配を2年間かけて各自が自宅で栽培観察、交配まで行い、翌年その種をまた精種し、生育開花の差を観察して成果が理論通りになることを教えられました。」生物の時間は楽しみでもあり、待ち遠しかったと言われ、各自の実験を通して「生
きた生物教育」を貫かれた先生でありました。
    ◆
 結びに当たり、会員皆様の一層のご活躍をお祈りすると共に、創立以来の悲願となっている同窓会館の建設に向けて、一層のご支援を重ねてお願い申し上げ、ご挨拶と致します。
 (註)『同窓会の社会学』(2007・世界思想社)の中で、筆者の黄順姫が引用しているG.ジンメルの言葉。
15:55
2016/03/01

屋代高に新たなシンボルが誕生します

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    まずは多目的運動広場が完成
教育者としての長谷川五作先生(その二)
                       会長  赤地憲一 (高17回)

 平成28年を迎え、謹んで新しき年のご挨拶を申し上げます。日頃は母校のために格別なご支援を賜り、心より厚く御礼を申し上げます。
 さて、創立以来長年の懸案となっている同窓会館の建設について、平成25年の創立90周年記念事業においては「状況が整い次第、建設に着手すること」としておりますところですが、格別なご配慮をいただいている地主様のご意向を踏まえ、附属中学校に喫緊の課題となっている運動広場の造成に長野県が着手した時、と思料しておりました。この度、塩野校長先生、大内事務長様、長野県当局の格別なるご支援を賜り、多目的運動広場(註1)として完成いたしましたことから、いよいよ会館の建設に着手したいと存じます。昨年末には、臨時支部長会議を開催いただき、そのご承認を賜りましたところでございます。
     ◆
 これまで、同窓会による記念事業は、それぞれが見事に結実して、滔々たる大河の如く、未来に向かって発展を続ける母校に輝かしい歴史を刻んで参りました。これら諸事業の達成は、平素潜在している会員一人ひとりの母校への矜持と、「魂のふるさと」への強い思いの結晶であり、その心情には、改めて感銘を深「モロコシの掛け合わせ実験くしている者でございますが、本年は、まさにその機が熟した時であります。県下初の公立一貫校に入学した附属中学生80名が、全員揃って高等学校に進学した記念すべき年度でもあり、7年後の「創立100周年記念事業」への準備基金と併せて、倍旧のご支援を賜りたく、宜しくお願い申し上げます。
     ◆
 「会報鳩63号」において、瀬在幸安博士の長谷川五作についての懐旧談から、「教育者としての長谷川先生」について書かせていただきましたところ、先輩諸氏から「長谷川五作先生」像をお伺いする機会に恵まれました。まず、原利夫氏(高校6回・倉科)からは、先生の授業についてなど、授業がとにかく楽しかった。土口に在住の飯島誠君や雨宮の前山公一君(故人)は、徒歩で来るので、ほとんど毎日遅刻をしたが、長谷川先生の授業の時は、始業前に教室に入って待っていた。実験は厳しく指導されたが、そのあとは各自の興味関心に任せてくれ、リベラルな雰囲気だった。」
 また、海沼寛夫氏(中学20回・西条)からは、昨秋ご書面を賜り、そこには長谷川先生への尊敬と敬慕の念が便箋3枚に綴られ、その感動は心に残ります。紙面の都合で次回に書かせていただきます。
     ◆
高校卒業生に贈る、長谷川五作先生の遺伝学的資質論
 長谷川五作先生の以下の教育論(註2)は、ちょうど100年前に書かれたものであるが、これほど見事な遺伝学的教育論を他に知らない。卒業を迎えた諸君に捧げたい。
 「良い遺伝的能力を享けぬが最後、どうすることも出来ぬように悲観する者もある様であるが、之はまことにつまらない考えである。吾々の能力は遺伝で決まって限られて居るというべきだが、併し発達し得るべき可能の範囲が極めて広いことも考えねばならぬからである。吾らは寧ろ、幼年時代の楽観にかえり、世の中のどんな大きな仕事でも出来るという雄大な考えを持たなければならない。機会・遺伝・境遇等は、吾々の前途を制限する事実であるが、其の制限は人々が思うような狭いものではない。絶対限度の半ばにも達し得ないで殆どの者は終えるであろう。」
(註1)
(註2)屋代高同窓会編(昭和43年)『長谷川五作先生著作選集』「生物と遺伝」信濃教育N 』大正4年、1915年)



09:10
2015/08/21

瀬在幸安博士の栄誉を祝す

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教育者としての長谷川五作先生(その一)
同窓会館に素敵なネーミングをお願い申し上げます
会長  赤 地 憲 一(高17回)
 会員皆様には、ご清祥のこととお慶び申し上げます。残暑の厳しい折、まずはご自愛のほどを心よりお祈り申し上げます。
 さて、心臓外科分野でわが国を代表される瀬在幸安博士(高校第1回・第10代日本大学総長)におかれましては、去る六月に千曲市では第一号となる名誉市民の栄誉に浴されました。心より敬意とお慶びを申し上げます。これより一ヶ月前、岡田千曲市長の命を受け、島田栄一秘書課長(高33回)とともに、瀬在先生を軽井沢の別荘にお訪ねして、名誉市民並びに当同窓会名誉会員についてのご意向をお伺い申し上げる機会に恵まれました。
 瀬在博士の卓越されたご功績とともに感銘を受けたことは、博士の長谷川五作先生(一八八〇・明治十三年〜一九六三・昭和三十八年、母校ご在職:創立時〜昭和三十年)に対する限りない尊崇の念でございました。「学問に対する真摯な姿勢に大変感化を受け、今でもその思いに変わりがありません。メンデルの法則が発表されたのは、一九〇〇年(明治三十三年)ですが、情報がない時代に長谷川先生はすでにその論文を読まれており、ご自身でも、その「第二法則」を世に問うておられました。」
 同窓会支部総会等での先輩諸氏の懐旧談の中、等しく感じ入ることは、長谷川先生に話題が及ぶ時、皆様の表情が柔和になり、眼を輝かせて先生の授業を語り始めることです。我々の入学は昭和三十七年で、長谷川先生はその七年前に退職されておられますから、伝説上の先生でしかありません。遺伝学者としての論文はたくさん遺されておられますが、瀬在博士のお言葉から、暫く「教育者としての長谷川先生像」に迫りたいと存じます。
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 この度の総会にて、創立九十周年事業で継続課題となっておりました「同窓会館建設」につきまして、その着工を満場一致でご賛同賜りました。建設予定地につきましては、附属中学生多目的運動場予定地とともに、神尾様には、富雄様(平成二十年一月十四日ご他界)及び敦男様の御二代にわたり、格別なご配慮をいただいて参りました。これにつきましては、宮﨑和順前会長はじめ、母校の塩野英雄校長先生とPTA、同窓の国会議員、県・市会議員諸氏、及び千曲市・同議会・教育委員会等の総力を上げた熱意が長野県当局を動かし、多目的運動施設とともに、会館用地が確保されることとなりました。すべての関係者には、深甚なる謝意を申し上げますと共に、同窓生各位には会館建設という次の段階に向けてのご支援のほどを、心よりお願い申し上げます。
 会員皆様の益々のご発展とともに、今後とも格別なご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げ、ご挨拶と致します。

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