お知らせ

会報「鳩」70号 訂正のお詫び

会報「鳩」70号掲載記事について、2つの記事中に誤りがありました。お詫び申し上げますとともに、以下に正しい内容を掲載させていただきます。

 

1 1面「The People of theYear 賞に104団体」の記事の、朱紫令真さんの備考欄

  「宝塚歌劇団星組100期生で主席となる。歌劇団全体で2名選出される年度賞奨励賞を受賞。いよいよ飛躍の年。」

 

2 1面「母校の教育活動支援『鳩の会』ご賛助のお願い」

  【郵便局口座番号】00570-0-44020

年会費(2000円)の納入にご協力ください。

▼すでに納入いただきました方には、誠にありがとうございました。
未納入の場合は、何卒ご協力のほどお願い申し上げます。
▼お手許に「払込取扱票」がございましたら、その用紙をお使いください。ない場合は、左記口座へ、または事務局(026-274-3310)にご一報いただければ「払込取扱票」をお送りいたします
▼ 郵便局№ 00500-4-14710 加入者名「屋代高等学校同窓会」

「69号・ユース版」について(お詫び)

「会報69号・ユース版」の「一貫教育を検証する」の記事中、赤井志帆さんと、岩井太平君との発言内容が入れ替わっておりました。関係者皆様に、大変ご迷惑をおかけいたしましたこと、深くお詫びを申し上げます。

千曲鳩会から10万円の御寄附

今年も下段のとおり、盛大にゴルフコンペが開催されました。
221名の参加者に感謝を申し上げ、皆さまの御芳志を同窓会にご寄附申
し上げます。 千曲鳩会会長・野澤純四郎(高9回)

大会名 開催日  優勝者             準優勝者           第3位
第125回4月27日佐藤亘司(高9回) 峯村景文(高15回) 柳澤隆二(高15回)
第126回5月28日山崎好文(高16回) 矢澤 修(高13回) 加藤芳孝(高16回)
第127回6月28日武田 稔(高11回) 加藤芳孝(高16回) 長坂武美(高10回)
第128回7月18日竹内 保(高11回) 中村 博(高9回) 関 俊一(高15回)
第129回8月28日甘利暢宏(高9回) 村上 巌(高11回) 春原正弘(高9回)
第130回9月28日渡辺一正(高7回) 青木 崇(高9回) 春原正弘(高9回)
第131回10月27日米沢暉夫(高15回) 加藤高志(高11回) 小河道雄(高11回)
第132回10月27日川浦 隆(高13回) 塚田 猛(高7回) 滝沢勝人(高7回)
第133回11月8日加藤芳孝(高16回) 矢澤 修(高13回) 米沢暉夫(高15回)

飯島勇三氏のご逝去を悼む

中学15回 市 川  誠
(信州大学名誉教授・工学博士)
 飯島勇三氏は旧臘(註)98歳の天寿を全うし逝去されました。ここに生前の一端に触れさせていただき、貴殿の遺された偉大なる業績に、敬意と謝意を表する縁(よすが)としたいと思います。
 貴殿は、埴科郡五加村大字中(現千曲市)に生まれ、昭和8年屋代中学校11回生として入学しました。私はその4年後の昭和12年入学の15回生ですので一緒だったのは僅か1年間でした。
 貴殿と私は、よく朴歯太緒高下駄を履いて、ゆっくり話しながら通学しました。貴殿は、長身で美男子の一面、豪放磊落かつ熱血漢で、その熱血漢ぶりは、後日、講堂で全校生徒を前に示されました。
 プール建設について、生徒達が千曲河原から、玉石を背負って運んだ苦労話をして、先輩の魂が籠るプールを汚したり傷つけたりしないよう、強く呼びかけたのです。校友会誌『ことだま』の「黎明集」では、「母校を去るに及び、残さん言葉、同輩の言に尽きたり。我亦何をか云わん。」と、貴殿の生活態度と符合する名言で結んでいます。
 また、遺伝学・生物学の長谷川先生を強く慕っており、「在学中、先生の研究室によく出入りされていました。」と私の同級生で、長谷川先生の助手をしていた中村重幸氏が語ったことがあります。これは、貴殿が医学に進んだことと無関係とは思われません。
 金沢医科大学校(金沢大医学部の前身)に進み、昭和19年10月、軍医として西南太平洋のフィリピン、ミンダナオ島ダバオに出陣しました。それから約1年間敗終戦まで、軍医として極度の艱難辛苦に堪えて、その責務を全うし、昭和20年12月、辛うじて帰国することができました。この間の詳細については、『ダバオ戦に参加して―鬼軍医か人情軍医か―』の中で述べられています。
 終戦から平成時代に入り、日本国民は、平和と豊かな生活を享受しています。貴殿の上田市に開院した耳鼻咽喉科医院も高い評価と信頼を得て、その間医学の研精を進め、医学博士となり、日本耳鼻咽喉科学会参与として、全国医学の進展にも貢献されました。更に故郷への愛惜の情深く、『信州姨捨山、平成の里人・飯島勇三』の冊子を刊行し、姨石とその周辺について、故事から現在まで詳述しています。
 同窓会員としては、上田支部の支部長を長年務められ、同窓会館の建設を夙に強く推進され、竣工を見ることができました。同窓会の新企画「卒寿鳩会」には、毎回出席され、後輩に健康助言などを熱心に語って下さいました。このような幅の広い活躍を偲ぶにつき、貴殿は、医師として本懐だったと私には思われます。ご冥福を心より願って、合掌。 平成31年1月20日
(註)(「きゅうろう」・昨年暮)

「卒寿鳩会」での飯島氏(座っている)
前列左端が筆者

芳名板 二階踊り場に完成

 同窓会館建設に募金をいただいた約三千名の方々のお名前を刻んだ芳名板(写真)が、平成30年12月21日、設置された。階段二階正面の踊り場に「同窓会館建設事業寄付者御芳名」とされ回期順にお名前と募金額が並んでいる。

長谷川五作先生遺品寄贈さる

 長野市松代町代官町在住の長谷川徹氏(高38回。長谷川五作先生の孫)より、先生の遺品の一部が同窓会に寄贈された。徹氏は「屋敷や遺品の管理は大変なこと。遺品のことをよく理解している方々に保管してもらい、母校の後輩たちの学びの一助となれば、と思い寄贈することにしました」と語っておられた。同窓会としては第一会議室の一隅に展示場所を設け公開することにしている。 

事務局移転の掘り出し物

 同窓会館が完成して、これまで使用していた事務局を明け渡すにあたり、昔から引き継がれてきた様々なものを整理した。幕末の水戸藩の学者藤田東湖の書(拓本)、初代校長小山保雄先生が裏書きをした佐久間象山の肖像画(高3回寄贈)、文学博士飯島忠夫氏の書、王羲之の書(拓本)などもあった。捨てるわけにはいかない。そんな中に佐竹盛富先生の手になる校歌の真筆の軸があった。生徒手帳にある歌詞と表記が違う。「心おどる」が「心躍る」となっているし、「魂の故郷やしろ」は漢字で「屋代」となっている。書家川村龍洲氏(高18回)は書家として「心躍る」の方がバランスがよい、とのことで漢字で書いてくださったのだが、それが正しかったのだ。会館玄関に飾られている。物と心と―母校に何を残し、何を継承していくか―大切な視点だ。東湖の書、象山の肖像画、そして校歌の真筆などもしっかり事務局で保管している。

時計のご寄贈

瀬在幸安博士からホールクロック
名誉会員の瀬在幸安氏(高1回)から、同窓会館の完成を記念してドイツ製の大時計が寄贈された。この大時計はブラックフォレスト(黒い森)の呼び名で有名な、南ドイツの森から得られた良質な木材と、古くからのドイツクロックの伝統技術を受け継いだ手作りの名品。鳩陵ホールの入り口に置かれている。 









屋代支部から
屋代支部からは壁掛け式の丸い大時計が寄贈された。鳩陵ホール入り口の中側に掛けさせていただきます。 

母校の教育活動支援「鳩の会」に101万円!

御礼と今後のお願い
(1)鳩の会は平成3年に設立され、母校の教育活動ならびに教職員の研修等の支援を主な目的としており、平成29年度は81名の会員より101万円のご支援を賜りました(別表)。心より厚く御礼を申し上げます。主な母校支援の内容は次のとおりです。 
【教育活動】 
 屋高フォーラム・SSH一人一研究・附属中関係(棚田体験学習・ニュージーランド研修引率助成・平和学習
【教員研修助成】 
 大学入試研究・ラーニングスキル研修、等 
(2)今年度より、広く会員皆様のご賛助を募ります。母校支援のためにご協力をいただける方は、下記口座までお振込み賜れば幸いです。 
ゆうちょ銀行 口座番号 00570-0-44020 加入者名「鳩の会」

(3)お振込み用紙による場合は、同窓会事務局にご一報いただければ、お送り申し上げます。 
(026)274-3310